信者を生むカリスマ指揮者達





  クナッパーツブッシュ  1888〜1965  KNAPPERTSBUSCH  B  ドイツ
 
ドイツにクナッパーツブッシュという、こ難しい名前の指揮者がいました。こんな表現をする  のも、同時期の「3大指揮者」と比べて、いかにも地味な存在だったからです。特に世界的な  オケの音楽監督であったというようなタイプの指揮者ではありません。  けれども、ウィーン・フィルやベルリン・フィルを振っていますし、バイロイトの音楽祭にも  常連として参加していましたので、当時の第一級の指揮者ではありました。  特に日本ではその傾向が顕著らしいですが、年々クナの音楽のとてつもなさが良く知られると  ころとなってきました。そして神格化するファンが多い指揮者です。  クナのように亜流で、個性が強いカリスマ指揮者のファンは、その指揮者の演奏ならば何でも  とりこになってしまうという意味で、「信者」という用語で呼ばれることがあります。  クナは名指揮者であると同時に迷指揮者といってもいいのですが、デフォルメ(楽譜を無視す  ること)の鬼でした。遊び心のかたまりのような指揮者で、演奏は、もちろん楽譜通りになど  演奏しませんし、演奏を途中で止めてしまったり、指揮中に背中をかいたりという人物でした  が、名演と迷演が紙一重のところがありまして、ツボにはまった時にはとてつもない音楽を聴  かせました。    かなり名前が知れた程度の指揮者でも及びがつかないほどの表現力をもっていました。  この、クナ独特のデフォルメこそがクナの芸風のいのちでありまして、他の誰にも真似できな  いという点では、個性を超えて、天才的な閃きを持っていたとも言えるでしょう。  テンポは概して遅いです。時には常識外に遅い時もありますが、それが巨大なスケールを生み  出し、宇宙的拡がりをみせます。そのため、巨人指揮者の異名をもっています。  クナの凄さは、音を聴いているだけでも解ります。他の指揮者からは聴き得ない、まさに地の  底から大爆発が起こったような音を出すことができるのは、クナ独特の世界です。  現在、クラシックの書籍においても、クナの演奏の評価は難しいです。一部で絶賛する評論家  もいれば、全く名指揮者とも思っていないような評論家もいます。我々クラシックファンにし  ても同様です。  クナの演奏はデフォルメされていて、楽譜通りの演奏ではありません。つまり、オーソドック  スではないため、他の演奏との比較が難しいということもあるのでしょう。  一般的には、クナの得意な作曲家はブルックナーワーグナーで、この2人の作曲家において  は別格といってもいいほどの名演を聴かせたとされています。  ですが、批判派の中では「ブルックナーとワーグナーしかない」との声もあり、多くの評論家  に高評価されている演奏はごく一部です。  クナの音楽は残念ながら初心者の方には解らないでしょう。ブルックナーとワーグナー自体が  初心者の方向けではないこともあるのですが、本当にお好みの問題です。  ブルックナーやワーグナー以外でも、一度は聴いてみる価値のある指揮者だと私は思います。
ベートーヴェン「交響曲第3番『英雄』」第4楽章途中より  ワーグナー「ワルキューレの騎行」
   ☆推薦盤☆  ・ブルックナー 交響曲第8番/ミュンヘン・フィル(63)(ウェストミンスター)  A  ・ワーグナー 「パルジファル」/バイロイト祝祭管弦楽団(62)(デッカ)    SS   <テンポかなり遅><スケール巨大><デフォルメ> 

  チェリビダッケ  1912〜1996  CELIBIDACHE  B  ルーマニア

 指揮者の中には、いえ、ピアニストなどの音楽家全般の中には、演奏が独特であるのに加え、  考え方も独特な人がいます。例えばクナッパーツブッシュがそうです。  演奏は主観のかたまり、やりたい放題でありますし、指揮者という仕事自体も「自分の演奏を  聴きたくないものは来るな」という大衆を拒否するものがありました。それぞれ音楽家として  の相当なプライドがあるのでしょう。こういった指揮者は、我々聴き手としては概して好き嫌  いが激しくなり、好きな人はその指揮者を神格化する傾向にあります。なぜなら、それほど個  性に満ちた演奏は、その指揮者にしか演奏しえないからです。  チェリビダッケもそういった指揮者の一人です。録音嫌いで、現役時代はほとんど録音を残さ  なかったため、彼の死後に、遺族の意向でCD化された演奏が多いです。また、相当な毒舌家  として知られ、他の指揮者に対する批判は絶えませんでした。自分の思うような演奏ができな  いという理由で、ベルリン・フィルとまで犬猿の仲になったというエピソードもあります。  実は、彼は、フルトヴェングラーの後、ベルリン・フィルの第4代目の常任指揮者に就くチャ  ンスに恵まれたのですが、スター性で勝るカラヤンにその座を奪われてしまいました。憤慨?  したチェリビダッケはドイツにこもり、ひたすらミュンヘン・フィルと演奏活動を続け、以後、  スター指揮者として脚光を浴びることはありませんでした。意地もあったのでしょうか。そん  なチェリビダッケのファンは、「チェリ」と呼んで親しみました。  チェリの演奏スタイルは、哲学に深く通じていたこともあり、哲学的な音楽解釈が根底にあり  ました。  「音は鳴らすものではなく、自然現象から発するもの」という持論があったため、テンポは概  して遅いです。まさに、音はオケが鳴らしているというよりも、自然発生的に生じるように聴  こえたり、作曲者の心の響きに聴こえたりします。チェリの演奏は、聴いただけですぐにチェ  リの演奏だと判るものも多いです。チェリのこういった音楽観は、録音嫌いということにも通  じていたのでしょう。「レコードは音楽を破壊する」とまで言い切るほどでした。   そのため、一回一回の演奏の価値というものが高まり、神々しささえ感じさせ、ましてや録音  がないことがチェリを神格化させたので、チェリのファンの中には徹底した信者が多いです。   音楽にダイナミズムを求める方は、とても相性がいいとは言えませんが、興味半分で聴いてみ  てはいかがでしょうか。音楽に対する考え方の幅が拡がると思われます。
ブルックナー「交響曲第8番」(90年東京LIVEの貴重映像)
 ☆推薦盤☆  ・ブルックナー 交響曲第4番/ミュンヘン・フィル(88)(ワーナー)     S  ・ブルックナー 交響曲第8番/ミュンヘン・フィル(90)(SONY)     A  ・ブルックナー 交響曲第9番/ミュンヘン・フィル(95)(ワーナー)     A  ・ブルックナー テ・デウム/ミュンヘン・フィル(82)(ワーナー)      A   <テンポ遅め〜超遅><スケール大><主観主義>


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