| アーノンクール 1929〜 A |
しばしば「現代の問題児」との指摘もされるのがアーノンクールである。しかし、いい意味で
言えば、没個性的な指揮者が多い現在、貴重な個性派、いや、超個性派とも言える存在。
ウィーン・フィルとの共演も多く、現在、知名度は世界でもトップクラスである。
彼は非常に革新的な考えをもった指揮者で、斬新な演奏を常に心がけている主観主義者である。
従って、それがツボにはまった時は強烈な印象を与える名演を残すが、不発に終わったときは
批判の的となる。「無難」という言葉など、自らかなぐり捨てているのだが、そこまで割り切
っているのは立派なことだと私は思う。無難な演奏ばかりを繰り返していては、新鮮な感動を
受ける演奏が生まれることは難しいことだと思う。
20世紀後半に、古楽器による復古的演奏が行われ始め、古楽器演奏だから許されたのか、非
常に斬新な演奏をする指揮者、奏者が頭角を現してきた。彼こそがその先駆者的存在である。
「こんな演奏の仕方があったのか」という、クラシック演奏の一大変革期をもたらした。
彼は元々古楽器演奏の指揮者であったため、現在は現代楽器のオケと両方の録音が残っている。
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスという楽団を指揮したときは前者、ウィーン・フィル
や、アムステルダム・コンセルト・ヘボウ、ヨーロッパ室内管弦楽団など、現代楽器の有名な
オケを指揮したときは後者と覚えておいて頂きたい。
だが、後者のような現代楽器の有名なオケとの演奏でも、古楽器的な演奏をするのが彼の一貫
したスタイルのようである。
☆推薦盤☆
・ヴィヴァルディ 「四季」/WCM(77)(テルデック) A
・シューベルト 交響曲第5番/アムステルダムコンセルトヘボウ(92)(テルデック)A
・シューベルト 交響曲第8番/アムステルダムコンセルトヘボウ(92)(テルデック)A
・バッハ カンタータ第147番/WCM(81)(テルデック) B
・ヘンデル 水上の音楽/WCM(78)(テルデック) S
・モーツァルト 交響曲第40番&第41番/ヨーロッパ室内O(91)(テルデック) B
*WCMはウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの略です。
<主観主義><安定性×><古楽器>
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| クナッパーツブッシュ 1888〜1965 B |
ドイツにクナッパーツブッシュというこ難しい名前の指揮者がいた。と、こんな表現をするの
も、彼は同時期のフルトヴェングラーやワルターと比べていかにも地味な存在だったからであ
る。しかし、ウィーン・フィルやベルリン・フィルを振っているし、バイロイトの音楽祭にも
常連として参加しているので、当時の第一級の指揮者ではあったのだろう。
彼の固定ファンは多い。特に日本ではその傾向が顕著らしいが、年々彼の音楽のとてつもなさ
が日本でも良く知られるところとなってきた。そして、彼を神格化するファンが多いのである。
彼は名指揮者、というか、迷指揮者といってもいいのだが、デフォルメ(楽譜を無視すること)
の鬼であった。彼は遊び心のある指揮者で、演奏を途中で止めてしまったり、指揮中に背中を
かいたりという人物であったが、超名演と迷演が紙一重のところがあり、ツボにはまった時に
はとてつもない音楽を聴かせる。その実力たるや、ちょっと名の知れた程度の指揮者には及び
もつかない表現力をもっていた。この、彼独特のデフォルメこそが彼の芸風のいのちであり、
そういう意味では数少ない芸術至上主義の指揮者である。それに、他の誰にも真似できないと
いう点では、天才的な閃きも持っていたとも言えるだろう。
彼のテンポは概して遅い。時には常識外に遅い時もあるが、それが巨大なスケールを生み出し、
宇宙的拡がりをみせる。そのため、巨人指揮者の異名をもつ。
そんな彼の芸風にピッタリだったのはブルックナーとワーグナーで、この二人の作曲家におい
ては別格といってもいいほどの名演を聴かせた。
彼の凄さは、音を聴いているだけでも解る。他の指揮者からは聴き得ない、まさに地の底から
大爆発が起こったような音を出すことができるのは、彼独特の世界。
彼の音楽は残念ながら初心者には解りにくいかもしれない。ブルックナーとワーグナー自体が
初心者向けではないこともあるのだが、小品でも、彼の凄さが解るのは中〜上級者だろう。
なお、彼のように亜流で個性が強いカリスマ指揮者のファンは、その指揮者の演奏ならば何で
もとりこになってしまうという意味で、信者と呼ばれる。
信者の意見を鵜呑みにするのは早計だが、一度は聴いてみる価値のある指揮者だと私は思う。
☆推薦盤☆
・ブラームス 交響曲第3番/ベルリンフィル(50)(セブンシーズ) ↑A
・ブルックナー 交響曲第5番/ウィーンフィル(56)(デッカ) A
・ブルックナー 交響曲第8番/ミュンヘンフィル(63)(ウェストミンスター) ↑S
・ワーグナー 管弦楽曲集/ミュンヘンフィル、ウィーンフィル (各種) A
・ワーグナー 「ワルキューレ」第1幕全曲/ウィーンフィル(57)(デッカ) S
・ワーグナー 「パルジファル」/バイロイト祝祭管弦楽団(62)(フィリップス) SS
・クナッパーツブッシュ名演集/ウィーンフィル(57,60)(デッカ) A
<テンポかなり遅><スケール巨大><デフォルメ>
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| チェリビダッケ 1912〜1996 B |
指揮者の中には、いや、ピアニストなどの音楽家全般の中には、演奏が独特であるのに加え、
考え方も独特な者がいる。例えばクナッパーツブッシュが代表例である。
演奏は主観のかたまり、やりたい放題であるし、指揮者という仕事自体も「自分の演奏を聴き
たくないものは来るな」的な、大衆を拒否するものがあった。こういった指揮者は、我々聴き
手としては概して好き嫌いが激しくなり、好きな人はその指揮者を神格化する傾向にある。
チェリビダッケもそういった指揮者の一人である。録音嫌いで、現役時代はほとんど録音を残
さなかったため、彼の死後に、遺族の意向でCD化された演奏が多い。また、相当な毒舌家と
して知られ、他の指揮者に対する批判は絶えなかった。自分の思うような演奏ができないとい
う理由で、あのベルリン・フィルとまで犬猿の仲になったというエピソードもある。
彼の演奏スタイルは、哲学に深く通じていたこともあり、哲学的な音楽解釈が根底にあった。
「音は鳴らすものではなく、自然現象から発するもの」という持論があったため、テンポは概
して遅い。まさに、音はオケが鳴らしていると言うよりも、自然発生的に生じるように聴こえ
たり、作曲者の心の響きに聴こえたりする。彼の演奏を聴きこめば、すぐに彼の演奏だと判る
ものが多い。チェリのこういった音楽観は、録音嫌いということにも通じていたのだろう。
彼は「レコードは音楽を破壊する」とまで言い切るほどであった。
そのため、一回一回の演奏の価値というものが高まり、神々しささえ感じさせ、ましてや録音
がないことが彼を神格化させたので、彼のファンの中には徹底した信者が多い。
特に、音楽にダイナミズムを求める方は、彼と相性がいいとはいえないが、興味半分で聴いて
みてはいかがだろう。音楽に対する考え方の幅が拡がると思う。
☆推薦盤☆(信者ならばすべてSSか?)
・ブラームス 交響曲第4番/シュトゥットガルト放送響(74)(グラモフォン) B
・ブルックナー 交響曲第5番/ミュンヘン・フィル(93)(EMI) B
・ブルックナー 交響曲第8番/ミュンヘン・フィル(93)(EMI) B
<テンポ遅〜超遅><スケール大><主観主義>
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