19世紀生まれの個性派指揮者達





 シューリヒト  1880〜1967   B

 
 まさに通好みの指揮者の筆頭格がシューリヒトである。ドイツの指揮者だが、本場ヨーロッパ  では、同じく19世紀生まれのトスカニーニフルトヴェングラーワルターらに比べていか  にも地味な存在で、スター指揮者として脚光を浴びることはなかった。  しかも、トスカニーニの情熱、フルトヴェングラーのドラマ性、ワルターの豊麗さのように、  これといった個性もなく、大衆受けする要素にも乏しい指揮者であった。  彼の芸風の真価は非常に解りづらい。テンポは速く、旋律を歌うことも無いので、誇張や聴衆  への媚びもなく、更にスケールは小さいので、いかにも淡白で、雑な印象を与える。  しかし、彼の音楽は、ひょうひょうとした流れの中に、実は千変万化の表情の移ろいがあった  り、曲の最も大事な部分を実直に表現していたりという、聴く側に「知」を求めるというもの  である。  よって、とても初心者向けとは言えないし、よほど耳の肥えた方でないと、彼の音楽は理解で  きないかもしれない。地味な存在だったのは、芸風の解りづらさも多分に影響しているだろう。  晩年の彼は湖のほとりに暮らし、自然を愛し続けた。そんな彼の最後の大傑作がブルックナー  の交響曲第8番、第9番である。ブルックナーにおいては彼のテンポの速さ、雑さ、スケール  の小ささが裏目に出るはずなのだが、大自然をこよなく愛し、枯淡の境地に達した彼だからこ  そ成しえた至芸である。  ☆推薦盤☆  ・ブルックナー 交響曲第8番/ウィーンフィル(63)(EMI)          B  ・ブルックナー 交響曲第9番/ウィーンフィル(61)(EMI)          A  ・ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」/パリ音楽院管弦楽団(57)(EMI)   B   <テンポかなり速><スケール小> 
 ミュンシュ 1891〜1968   B

 
指揮者はピアニスト出身者が多いのだが、弦楽器出身の者も多い。かのトスカニーニもそうで  あった。ここで紹介するミュンシュもそうで、指揮者デビューはなんと41歳だったという。  彼の指揮者としてのエピソードに、リハーサルが短いことで有名だったというものがある。そ  れは、本番にすべての情熱を捧げるためという、オーケストラ出身の彼なりの美学であった。  実際、彼の指揮ぶりは、指揮棒を風車のように回すほどの情熱的な指揮ぶりで、演奏も大変情  熱に満ちた熱いものであった。  彼は晩年、パリ音楽院管弦楽団を元に設立されたパリ管弦楽団の初代音楽監督となり、最後の  力を注いだ。ミュンシュ自身の名盤の数は少ないが、推薦盤に挙げた、パリ管弦楽団との熱演  であるブラームスの交響曲第1番ベルリオーズの幻想交響曲は、今なお同曲のベスト演奏と  の評価が定着しており、今後も歴史的名盤として語り継がれていくだろう。  ☆推薦盤☆  ・サン=サーンス 交響曲第3番/ボストン交響楽団(59)(RCA)   B  ・ブラームス 交響曲第1番/パリ管弦楽団(68)(EMI)       S  ・ベルリオーズ 幻想交響曲/パリ管弦楽団(67)(EMI)      SS  ・ラヴェル ボレロ/パリ管弦楽団(68)(EMI)           A   <情熱かなり強>
 メンゲルベルク 1871〜1951   B

 
 同じく19世紀生まれのワルタートスカニーニフルトヴェングラーらと比べても、格的に  決して見劣りしないカリスマ性を持っていたのが、このメンゲルベルクである。彼が指揮台に  上がった時の暴君ぶりは、まさしく19世紀の指揮者像そのもので、トスカニーニ以上とも言  えるものだった。この四人を、19世紀生まれの四大指揮者とも呼ぶ。  楽員の自主性を許さなかったり、リハーサルでは長々と演説をしたり、徹底してパート練習を  させたり。そうして、当時のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を約5  0年間務め、世界でも有数の技術集団に鍛え上げた。  このコンビに、リヒャルト・シュトラウス交響詩「英雄の生涯」(英雄とは自分のこと)  を捧げている。また、マーラーは弟子のワルター以上に、彼のマーラー演奏を評価していた。  彼の芸風は、その指揮者ぶりと同様に、19世紀風のロマンティシズムに溢れるものであった。  時にはフルトヴェングラー以上に、やりたい放題とも言える主観的な指揮ぶりで、テンポは著  しく変動する。現代のオケならば、そのわがままぶりに、楽員が怒って帰ってしまうと思われ  かねない程である。  また、弦の音色の甘美さを徹底し、ワルターを基準とすれば、やりすぎと思われるほど、濃厚  な甘美さを表出させた。  彼は、現在の基準からいくと、「名盤」としてお薦めできるCDはない。よって、名盤を多く  残している三大指揮者に比べると、知名度は数段落ちる。というのも、おそらく彼が引き継い  だロマンティシズムというものが濃厚すぎ、現代では古すぎて受け容れにくく、また録音が古  いことなどもあり、万人向けではないからだろう。よって、彼の録音は皆「歴史的録音」とい  う、都合のいい範疇に収められてしまった。同じ基準で判断できないということなのだろう。  従って、中〜上級者向けの指揮者である。  しかし、評論家の方々は、彼の演奏の素晴らしさは百も承知で、「ぜひ聴いて欲しい伝説の録  音」ということで、必ず推薦しているのが、下の推薦盤にあるものである。特にマタイ受難曲、  悲愴、英雄の生涯は、本心では今でも同曲のベストCDに挙げる人も多い。また、マーラーの  第5番の第4楽章(アダージェット)はこの楽章だけがよく採り上げられる。異常なまでの甘  美な世界である。    ☆推薦盤☆  ・バッハ マタイ受難曲/アムステルダム・コンセルトヘボウ(39)(OPUS)   B  ・チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」/  〃 (37)(OPUS)      B  ・ブラームス 交響曲第2番、第4番他/     〃 (41)(ナクソス)      B  ・ブラームス 交響曲第3番他/        〃 (37)(ナクソス)      B  ・マーラー  交響曲第5番第4楽章/     〃 (35)(ナクソス)      B  ・R.シュトラウス 英雄の生涯/       〃 (41)(テルデック)     B   <ロマンティック><主観主義><柔軟性高>  
 モントゥー 1875〜1964   B

 
19世紀生まれの名指揮者の中の一人に挙げてもいい実力者なのが、フランスの指揮者、モン  トゥーである。しかし、同じく19世紀生まれのトスカニーニフルトヴェングラーらと比べ  るとカリスマ性に欠ける点があるので、録音の数自体が少なく、日本ではマニア好みの存在と  いうのが現状である。  彼はトスカニーニのように、作曲者に対して畏敬の念を常に抱き、演奏者は作曲者のしもべで  あるという観念を貫いていた。こういった考え方は「作曲者至上主義」とも呼ばれる。  ジュリーニと同じ考え方である。  彼の芸風は、基本的にはスコアに忠実で、強弱の誇張もあまりなく、効果を狙うような演出は  しない。加えてテンポも速めなので、いかにもそっけなく感じられる。総じて無個性な指揮ぶ  りなのだが、彼には音楽に対する「愛」があった。作曲者のしもべであるという考え方は、作  曲家や曲に対する「愛」の表れであり、演奏をさせて頂くという喜びに溢れていた。そっけな  いながらも彼の演奏が評価されるのは、彼の音楽には「愛」があるからなのである。それが演  奏をするオーケストラにも伝わり、オーケストラも喜びに満ちて演奏をする。そういった両者  の音楽に対する「愛」、「喜び」が聴く者を惹きつけるのだろう。  彼は「ブラームスの音楽が自分に一番しっくりくる」と語っていたという。新しい録音の名盤  が出てきた以上、彼の録音を真っ先にお薦めしたいとは言いがたいが、推薦盤に挙げた第2番  などは彼の渾身のブラームスであり、ぜひ一度耳にして頂ければと思う。  また、彼はフランス出身なので、お国物のラヴェルも得意なレパートリーであった。  ☆推薦盤☆  ・チャイコフスキー 交響曲第5番/シカゴ交響楽団(58)(RCA)       B  ・ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲/ロンドン交響楽団(61)(デッカ)    B  ・フランク 交響曲/シカゴ交響楽団(61)(RCA)              A  ・ブラームス 交響曲第2番/ウィーンフィル(59)(デッカ)          B     <テンポやや速><柔軟性高>


inserted by FC2 system