20世紀以降の世界的指揮者達





  アバド  1933〜2014  ABBADO  S  イタリア

 アバドはフルトヴェングラーカラヤンに次ぐ、世界最高のオーケストラ、ベルリン・フィル  ハーモニーの第5代目の常任指揮者でした。  芸風は「音符主義」まではいきませんが、あまり個性は無く、音楽性で勝負するタイプでした。  従って、ドイツのベートーヴェンなどはどうしてもドラマ性に欠けてしまうのですが、他の作  曲家には結構名盤を残しています。ただの無個性となると平凡なだけですが、客観主義的なが  ら、イタリア出身ならではのカンタービレを効かせた響きの美しさが非常に心地よく、推薦盤  に挙げた演奏は皆、アバドの卓越した音楽性によって魅力が増大しています。  その点や、無難な演奏である点を考慮すると、初心者の方にはもってこいの指揮者でしょう。  皮肉にも、ベルリン・フィルと組んでからは、マーラー以外の大曲にこれといった名演を多く  残すことはできませんでした。簡単に言いますと、不評でした。ですが、本来は、マーラー  (オーストリア出身)やモーツァルト(オーストリア出身)を得意なレパートリーとするイタ  リア系の指揮者でして、やはり精神性重視のドイツ音楽には向かなかったのではないでしょう  か。下の推薦盤をご覧になっても、これだけ多くの名盤を残している名指揮者なのは疑いよう  がないですし、協奏曲の伴奏の指揮としても、ポリーニアルゲリッチなどとの共演で、推薦  盤には挙げきれないほどの名盤があります。ドイツものと相性が悪いだけで過小評価するのは  おかしいと私には思われます。  管弦楽曲、オペラ曲にも名盤を残している万能さが素晴らしいです。  ベルリン・フィルの常任指揮者を退いてからは、一時期、高齢による体調不良で指揮台に立つ  こと自体がありませんでしたが、見事に復帰し、自ら若手中心のオケを結成し、若い音楽家を  育てるなどの精力的な活動をしていました。  21世紀からの演奏は、かつてのカンタービレを効かせたものからピリオド・アプローチによ  るものへと変化しました。現代楽器での演奏を代表する指揮者が、古楽器演奏に近いスタイル  を採ることになったのですが、これがアバドの行き着いた音楽観なのかもしれません。  推薦盤に記載がある「モーツァルト管弦楽団」はアバドが結成した若手中心のオケで、録音か  らまもなく高評価を得ています。ベルリン・フィルの常任指揮者になる前とはガラっと芸風を  変えてしまいましたが、若々しさも見え隠れしている演奏で、貴重な晩年の録音となりました。  
1998年10月、ピリスと共にタワーレコード渋谷店にてサイン会
ブラームス「ハンガリー舞曲」第5番(病気前ベルリン・フィルと)
 ☆推薦盤☆  ・ヴェルディ レクイエム/ミラノ・スカラ座管弦楽団(79、80)(グラモフォン) S  ・シューベルト 交響曲第9番/モーツァルト管弦楽団(11)(グラモフォン)    A  ・ドビュッシー 牧神の午後への前奏曲/ベルリン・フィル(99)(グラモフォン)  A  ・ブラームス 交響曲第2番/ベルリン・フィル(88)(グラモフォン)       S  ・ブラームス ハンガリー舞曲集/ウィーン・フィル(82)(グラモフォン)     S  ・プロコフィエフ ロメオとジュリエット/ベルリン・フィル(96)(グラモフォン) S  ・ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」/ベルリン・フィル(00)(グラモフォン) A  ・マーラー 交響曲第1番「巨人」/ベルリン・フィル(89)(グラモフォン)     S  ・マーラー 交響曲第2番「復活」/ルツェルン祝祭管弦楽団(03)(グラモフォン) A  ・マーラー 交響曲第4番/ベルリン・フィル(05)(グラモフォン)        S  ・マーラー 交響曲第5番/ベルリン・フィル(93)(グラモフォン)        A  ・マーラー 交響曲第9番/ベルリン・フィル(99)(グラモフォン)        S  ・ムソルグスキー 展覧会の絵/ベルリン・フィル(93)(グラモフォン)      S  ・メンデルスゾーン 交響曲第3番/ロンドン交響楽団(84)(グラモフォン)    A  ・メンデルスゾーン 交響曲第4番/ベルリン・フィル(95)(SONY)      A  ・メンデルスゾーン 真夏の夜の夢/ 〃 (13)(ベルリン・フィル・レコーディングス)     A  ・モーツァルト 交響曲第35番/モーツァルト管弦楽団(06)(アルヒーフ)    A  ・モーツァルト 交響曲第38番/モーツァルト管弦楽団(06)(アルヒーフ)    A  ・モーツァルト 交響曲第41番/モーツァルト管弦楽団(06)(アルヒーフ)    A  ・モーツァルト 「フィガロの結婚」/ウィーン・フィル(94)(グラモフォン)   S  ・モーツァルト 「魔笛」/マーラー室内管弦楽団(05)(グラモフォン)      S  ・ロッシーニ 「セビリアの理髪師」/ロンドン交響楽団(71)(グラモフォン)  SS   <柔軟><客観主義><万能型><ピリオド・アプローチ><マーラー◎><協奏曲◎>

  アーノンクール  1929〜2016  HARNONCOULT  S  オーストリア

 20世紀中には、しばしば「現代の問題児」と指摘されてきたほどの奇抜な演奏を行ってきた  アーノンクール。いい意味で言えば、没個性的な指揮者が多い時代に、貴重な個性派、いえ、  超個性派とも言える存在でした。  現代楽器のウィーン・フィルとの共演も多かったのですが、主に古楽器のウィーン・コンツェ  ントゥス・ムジクスを率いて活動していました。  アーノンクールは非常に革新的な考えをもった指揮者で、斬新な演奏を常に心がけていた主観  主義者でした。  それがツボにはまった時は強烈な印象を与える名演を残したのですが、不発に終わったときは  批判の的となってしまいました。「無難」(=「平凡な演奏」)という言葉など、自らかなぐ  り捨てていたのですが、そこまで割り切っているのは立派なことだったと私は思うのです。  無難な演奏ばかりを繰り返していては、新鮮な感動を受ける演奏が生まれることは難しいこと  だと思うからです。  現在では当たり前になりましたが、20世紀後半に、古楽器による復古的演奏が行われ始め、  古楽器演奏だから許されたのか、楽譜にアレンジを加え、非常に斬新な演奏をする指揮者や奏  者が頭角を現してきました。アーノンクールもその先駆者的存在の1人です。  古楽器の演奏家について詳しくはこちらをご覧下さい。  「こんな演奏の仕方があったのか」という、クラシック演奏の一大変革期をもたらしました。  とは言え、他の古楽器指揮者とは違い、現代楽器の本家、ウィーン・フィルなどでも指揮をし  た点は非常に面白い点でもあります。  ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスという楽団を指揮したときは古楽器、ウィーン・フィ  ルや、アムステルダム・コンセルト・ヘボウ(現、ロイヤル・コンセルト・ヘボウ)、ヨーロ  ッパ室内管弦楽団など、現代楽器の有名なオケを指揮したときは現代楽器での演奏です。  アーノンクールは古楽器と現代楽器、二刀流の代表的な指揮者でした。  そして、後者のような現代楽器の有名なオケとの演奏でも、古楽器的な、いわゆる「ピリオド  ・アプローチ」の演奏をするのが一貫したスタイルでした。  そして、古楽器演奏全盛と言ってもいい昨今、現代楽器でも膨大な録音を行い、21世紀の録  音に名盤を続々と輩出しました。  最晩年に行きついた音楽観なのでしょう。
モーツァルト「交響曲第40番」
 ☆推薦盤☆  ・ヴィヴァルディ 「四季」/WCM(77)(テルデック)             A  ・シューベルト 交響曲第5番/アムステルダムコンセルトヘボウ(92)(テルデック)S  ・ドヴォルザーク 交響曲第8番/ロイヤル・コンセルトヘボウ(98)(テルデック) A  ・ドヴォルザーク 交響曲第9番/ロイヤル・コンセルトヘボウ(99)(テルデック) S  ・ハイドン 交響曲第100番/アムステルダムCG(86)(テルデック)      A  ・バッハ 管弦楽組曲/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(83)(テルデック) A  ・バッハ カンタータ集/レオンハルト&ウィーンCMなど(テルデック)       S  ・バッハ マタイ受難曲/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(00)(テルデック)A  ・バッハ ヨハネ受難曲/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(93)(テルデック)S  ・バッハ クリスマス・オラトリオ/WCM(06、07)(ハルモニア・ムンディ) SS  ・バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽/E室内O(01)(RCA) A  ・ブラームス 交響曲第3番/ベルリン・フィル(97)(テルデック)        A  ・ブラームス ドイツ・レクイエム/ウィーン・フィル(07)(RCA)       S  ・ブルックナー 交響曲第5番/ウィーン・フィル(02)(RCA)         S  ・ブルックナー 交響曲第8番/ベルリン・フィル(00)(テルデック)       A ・ブルックナー 交響曲第9番/ウィーン・フィル(02)(RCA)         S  ・ヘンデル メサイア/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(04)(RCA)  SS  ・ベートーヴェン 交響曲第1番/ヨーロッパ室内管弦楽団(90)(テルデック)   A  ・ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」/ヨーロッパ室内O(90)(テルデック)  A  ・ベートーヴェン 交響曲第4番/WCM(15)(SONY)            S  ・ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」/WCM(15)(SONY)        S  ・ベートーヴェン ミサ・ソレムニス/WCM(15)(SONY)          S  ・モーツァルト 交響曲第25番/WCM(99)(ドイツ・ハルモニア・ムンディ)  S  ・モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」/WCM(12)(SONY)     SS  ・モーツァルト 交響曲第36番/アムステルダムCG(84)(テルデック)    SS  ・モーツァルト 交響曲第38番/ヨーロッパ室内管弦楽団(93)(テルデック)   A  ・モーツァルト 交響曲第40番/WCM(12)(SONY)           SS  ・モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」/WCM(12)(SONY)    SS  ・モーツァルト ポストホルン/WCM(12)(SONY)            SS  ・モーツァルト セレナード第7番「ハフナー」ドレスデン国立O(85)(テルデック)A  *WCMはウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの略です。  *アムステルダムCGはアムステルダム・コンセルト・ヘボウの略です      <主観主義><二刀流><ピリオド・アプローチ><モーツァルト◎>

  カラヤン  1908〜1989  KARAJAN  S  オーストリア
 
指揮者史上最も有名な指揮者で、「帝王」と呼ばれます。フルトヴェングラーの後を受けてベ  ルリン・フィルの第4代目の常任指揮者に就き、重要なポストを次々と手中にし、クラシック  音楽の全盛期をもたらせた最大の功労者です。どのくらい有名なのかは、クラシックを聴いた  ことがない方でも、カラヤンという名前は知っている程です。クラシックファンではない方々  にとっては、指揮者=カラヤンです。  カラヤンは恐ろしいほど幅広いレパートリーを誇り、膨大な数の録音を世に送り出しました。  ですが、カラヤンほど賛否が分かれる指揮者もいません。いえ、非難の多い指揮者もいないと  言えるかもしれません。  カラヤンはクラシック音楽の普及のため、サウンドとしての音楽を追及しました。哲学的な思  想などが壁となり、とっつきづらいと思われていたクラシック音楽を、何とか大衆に広めよう  としたため、かえって、本来のクラシック音楽のもつ芸術性に欠ける音楽となってしまいまし  た。従って、カラヤンの音楽は、磨きに磨いたベルリン・フィルの技術とあいまって、爽快で、  「かっこよく」、「耳に心地よい」音楽です。この芸風こそが、「罪」となってしまったので  す。詳しくは「指揮者の歴史」もご参考下さい。  とは言え、クラシック音楽の普及に大変な功績を残したのも事実です。レコードだけでなく、  コンサートの映像(ビデオ、LD)の普及にも尽力しました。CDが現在の収録時間にまで拡  大されたのは、「ベートーヴェンの『第九』が1枚のCDに収まるように」と依頼したためだ  という有名な話もあります。  今日ほどクラシックが普及しているのは、カラヤンの功績といっても全く過言ではなく、まし  てや西洋の音楽が遠い日本に普及したのも、カラヤンのおかげでしょう。全盛期、カラヤンと  いう指揮者、ベルリン・フィルというオーケストラ、グラモフォンというレコード会社が揃え  ば怖いものなしといった時代が続きました。クラシックファンでなくても、「カラヤンのレコ  ード」は持っていました。当時は、指揮者がカラヤンというだけでレコードが売れました。  クラシック初心者の方は、あまり深いことを考えずに、カラヤンのサウンドを重視した音楽か  ら入るのも、私は大いにお薦めしたいです。批判も多いですが、下記のように、相当名盤も多  いのは事実です。そして、あまり深いことを考えずに聴くことができます。  そして、クラシック音楽に慣れたら、他の指揮者の演奏を聴いてみると、きっとその方がクラ  シック音楽の芸術としての奥の深さに触れることができると思うのです。  得意なレパートリーは、交響曲では、チャイコフスキードヴォルザークブラームスです。  外面的だと思われる方もいらっしゃるでしょうが…。そしてR.シュトラウスにおいては断然  のトップ評価です。  あとは何と言ってもオペラ曲でしょう。強敵がいないオペラ曲においては、文句なしのSS評  価の名盤がズラリ揃っています。カラヤンともなれば、当時の第1級の歌手陣も揃っています  ので、かなり信頼度は高いです。  苦手な作曲家も挙げておきましょう。まずはベートーヴェン。音楽に訴える力がありません。  モーツァルトシューベルトあたりもなぜか苦手のようです。他は、マーラーでしょうか。  カラヤンを評価するのは、音楽評論家ではなく、きっとあなたでしょう。
チャイコフスキー「交響曲第6番『悲愴』」第1楽章 ドヴォルザーク「交響曲第9番『新世界より』」第4楽章
 ☆推薦盤☆  ・ヴェルディ 「アイーダ」/ウィーン・フィル(79)(EMI)          S  ・ヴェルディ レクイエム/ベルリン・フィル(72)(グラモフォン)        S  ・グリーグ ペールギュント/ベルリン・フィル(71)(グラモフォン)       A  ・チャイコフスキー 交響曲第4番/ベルリン・フィル(71)(ワーナー)      S  ・チャイコフスキー 交響曲第5番/ウィーン・フィル(84)(グラモフォン)    S  ・チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」/ウィーン・フィル(84)(グラモフォン)S  ・チャイコフスキー 弦楽セレナーデ/ベルリン・フィル(80)(グラモフォン)   S  ・ドヴォルザーク 交響曲第8番/ウィーン・フィル(85)(グラモフォン)     A  ・ドヴォルザーク 交響曲第9番/ウィーン・フィル(85)(グラモフォン)     S  ・ドヴォルザーク 弦楽セレナーデ/ベルリン・フィル(80)(グラモフォン)    S  ・ビゼー 「カルメン」/ベルリン・フィル(82,83)(グラモフォン)     SS  ・フランク 交響曲/パリ管弦楽団(69)(ワーナー)               A  ・ブラームス 交響曲第1番/ベルリン・フィル(87)(グラモフォン)       A  ・ブラームス ドイツ・レクイエム/ベルリン・フィル(07)(ワーナー)      A  ・ブルックナー 交響曲第7番/ウィーン・フィル(89)(グラモフォン)      A  ・ブルックナー 交響曲第8番/ウィーン・フィル(88)(グラモフォン)     SS  ・ブルックナー テ・デウム/ウィーン・フィル(84)(グラモフォン)       A  ・プッチーニ 「蝶々夫人」/ウィーン・フィル(74)(デッカ)         SS  ・プッチーニ 「ラ・ボエーム」/ベルリン・フィル(72)(デッカ)       SS  ・ホルスト 惑星/ベルリン・フィル(81)(グラモフォン)            A  ・マスカーニ 「カヴァレリア・ルスティカーナ」/ミラノ・スカラ座O(65)(〃) A  ・モーツァルト ディヴェルティメント第17番/ベルリン・フィル(87)( 〃 ) A  ・リスト 前奏曲/ベルリン・フィル(67)(グラモフォン)           SS  ・R.シュトラウス アルプス交響曲/ベルリン・フィル(80)(グラモフォン)  SS  ・R.シュトラウス「ツァラストゥトラはかく語りき」/ベルリンフィル(83)(G)SS  ・R.シュトラウス「英雄の生涯」/ベルリン・フィル(85)(グラモフォン)    S  ・R.シュトラウス 四つの最後の歌/ベルリン・フィル(73)(グラモフォン)   A  ・R.シュトラウス「ばらの騎士」/フィルハーモニア管弦楽団(56)(ワーナー) SS  ・ワーグナー 管弦楽曲集/ベルリン・フィル(74)(ワーナー)         SS  ・ワーグナー 「ニーベルングの指環」/ベルリン・フィル(66〜70)(Gフォン) A  ・ワーグナー「パルジファル」/ベルリン・フィル(79、80)(グラモフォン)   A   <客観主義><超万能型><気品><かなり柔軟><R.シュトラウス◎><オペラ◎>

  カルロス・クライバー  1930〜2004  CARLOS KLEIBER  S  ドイツ

父に名指揮者エーリッヒ・クライバー(録音も残っています)をもったサラブレッドで20世  紀最後のカリスマ指揮者です。90年代、引退を発表したわけではないのに、全く指揮台に立  たない時期が続きました。ウィーン・フィルの定期演奏会で、「指揮者未定」となっている公  演が、「もしかするとカルロスなのではないか」という風評が先走り、真っ先にチケットが売  れたというエピソードもあります。その間、何をしていたのかは本場のファンでも良く分から  なかったので、日本人の我々は余計に分かりませんでした。  クライバーは特定のポストに就いていたわけでもありませんでしたので、尚更その動向は秘密  のヴェールに包まれていました。いつかどこかで指揮台に立ってくれるのだろうと思っていま  した。ところが、2004年の突然の訃報に世界中が落胆しました。正直、病気だったことも  知らなかったのです。長らく表舞台から姿を消していた理由がやっと分かりました。日本では、  朝比奈ヴァントに続いたので、ショックも大きかったのです。  現役の時のクライバーは天才指揮者の名を欲しいままにしました。それは、サラブレッドであ  るゆえの尋常でない耳の良さと、音楽に対する勘によるものだと私は思います。  スタイルは現代的でスピード感のあるものですので、外面は現代の客観主義と同じなのですが、  受ける印象が全く違います。”音”が違うのです。今まさにその曲が生まれたかのような新鮮  なニュアンスを持って響くクライバーの音は、音にいのちが吹き込まれているかのように響き  ます。よって音楽は常に活き活きとし、躍動感を伴って流れていきます。それだけでなく、激  しさと柔軟性も併せ持っています。歯切れがいいです。強音と弱音のバランスは最高で、格調  も高いです。「音」で勝負するタイプですので、初心者の方にも分かりやすいでしょう。  それらが「天才」と呼ばれる所以で、他の指揮者からは聴くことの出来ない光彩を放った音を  オケから引き出すことができた稀有な指揮者です。  つまり、フルトヴェングラーのように音の背後にあるドラマ性などを重視するタイプではなく、  鳴っている「音」そのもので勝負というタイプの指揮者だったと言えます。  おそらく、娯楽性、享楽性のある音楽を演奏させたら右に出るものは指揮者の歴史上いないの  ではないでしょうか。「音楽の化身」のように、人々の感性にうったえる「何か」を持ってい  ました。下のYOUTUBEへのリンクがある「カルメン」前奏曲はその一例です。ほとんどの方が  聴いたことのあるこの曲が、今生まれたばかりのような躍動感、新鮮感をもって演奏されてい  ます。これがクライバーの世界です。残念なことに、CD録音はされなかったのですが、この  ような「もし」がどれだけあることか…。  クライバーの得意なレパートリーと言えば、ワルツやポルカとオペラで、父エーリッヒと同じ  です。それに加え、交響曲もほぼすべてが第一級の名盤で、その意味では、発売されているほ  ぼすべてのCDがベスト盤とも言っていいほどなのですが、録音の評価が高いことは、逆にク  ライバーの最大の欠点であるレパートリーの少なさとも関係していまして、絶対の自信のある  曲を、繰り返し、世界の第一級のオケでしか演奏しないという流儀を一生貫き通しました。そ  れゆえに、ウィーン・フィルと喧嘩をして出入り禁止になったり、当日のドタキャンがあった  りと、エピソードにもことかかない指揮者でした。  また、クライバーのカリスマ性を恐れて、カラヤンが、ベルリン・フィルの指揮台に一度もの  せることはありませんでした。  CD、DVDとも、最もはずれの少ない指揮者と言うこともできるでしょう。  なお、指揮姿の流麗さは、まさに「音楽の化身」のようです。  是非DVDもお薦めしたいです。
ビゼー「カルメン」前奏曲   ベートーヴェン「交響曲第7番」第4楽章
 ☆推薦盤☆  ・ウェーバー「魔弾の射手」/ドレスデン国立管弦楽団(73)(グラモフォン)   SS  ・ヴェルディ 「椿姫」/バイエルン国立管弦楽団(76、77)(グラモフォン)  SS  ・シューベルト 交響曲第8番「未完成」/ウィーン・フィル(78)(グラモフォン)SS  ・ブラームス 交響曲第4番/ウィーン・フィル(80)(グラモフォン)       S  ・ベートーヴェン 交響曲第4番/バイエルン国立管弦楽団(82)(オルフェオ)   S  ・ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」/ウィーン・フィル(74)(グラモフォン)   ・ベートーヴェン 交響曲第7番/ウィーン・フィル(75、76)(グラモフォン)    ・J・シュトラウスU世 「こうもり」/バイエルン国立O(75)(グラモフォン) SS  ・ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」/ドレスデン国立(80〜82)(Gフォン) SS  ・ニューイヤー・コンサート1989&1992(89、92)(SONY)      S <テンポやや速><気品><かなり鋭い><かなり柔軟><オペラ◎>

  クレンペラー  1885〜1973  KLEMPERER  A  ドイツ

クレンペラーは19世紀生まれの指揮者で、20世紀を代表する大指揮者には違いないのです  が、好みが分かれる方が多いのかもしれない大指揮者の1人です。  クレンペラーの音楽は「構造主義」と呼ばれ、フルトヴェングラーバーンスタインのように  感情を込めて、聴き手と共に泣いたり、微笑んだりという演出はしません。  かといって、トスカニーニのようなダイナミズムもないですし、ワルターのように旋律を美し  く詠おうともしません。ということは、いかにも無味乾燥な、そっけない演奏に感じられてし  まいますので、共感できない方は全く共感できないタイプの指揮者です。  クレンペラーの演奏は、楽譜に忠実に、堂々と音楽を響かせていくスタイルです。よって立派  さ、重厚さではこの上なく、ずっしりとした響きが生まれます。「芸術家」と言うよりも「音  楽職人」、「指揮職人」という言葉の方が適切なのかも知れません。  似たようなタイプとしましては、朝比奈隆ベームがいますが、クレンペラーこそが本家本元  の「構造主義」です。  クレンペラーの言葉に、「私とワルターとは性格も音楽に対する考え方も正反対」「フルトヴ  ェングラーの、楽曲の終わりでテンポを速めてゆくのは感心できない」というものがあります  が、感情移入によって、音楽の構築が乱れることを嫌ったという証拠を示すエピソードです。  クレンペラーは晩年(ステレオ録音時代)になって、ガラっと演奏スタイルを変え、上記のよ  うな音楽観に至りました。ナチスに迫害されたり、寝タバコで火だるまになったり、指揮台か  ら落ちて演奏不能に陥ったりと、不幸なエピソードにはことかかない指揮者だったのですが、  イギリスのフィルハーモニア管弦楽団を手に入れ、幸いにもステレオ録音が残っているだけに、  半身不随、言語不明瞭になりながらも指揮をしていた最晩年の頃の演奏の方が評価が高く、多  くの名盤が残っています。テンポが更に遅くなり、音楽も表現も、より深みを増したため、こ  の頃が「全盛期」であると言われています。  得意なレパートリーは、まずは、指揮者として師匠でもあったマーラーです。  あとは、ベートーヴェンワーグナーという、テンポが遅いほど巨大なスケールを生み出す2  人の作曲家ですが、他にも多くの名盤を遺しています。下のリンク、「第九」の第1楽章は1  970年という最晩年のもので、クレンペラーの演奏スタイルを多少象徴するような演奏とな  っていますのでぜひご視聴下さい。どうしてもこの演奏が受けいれられなければ、クレンペラ  ーとは無縁ということになるでしょう。
ベートーヴェン「交響曲第9番『合唱』」第1楽章前半
 ☆推薦盤☆  ・ハイドン 交響曲第100番「軍隊」/ニューフィルハーモニアO(65)(ワーナー)A  ・バッハ 管弦楽組曲/ニューフィルハーモニア管弦楽団(69)(ワーナー)     A  ・バッハ ミサ曲 ロ短調/ニューフィルハーモニア管弦楽団(67)(ワーナー)   A  ・バッハ マタイ受難曲/フィルハーモニア管弦楽団(61)(ワーナー)       A  ・ブラームス ドイツ・レクイエム/フィルハーモニア管弦楽団(61)(ワーナー)  A  ・ヘンデル 「メサイア」/ニューフィルハーモニア管弦楽団(64)(ワーナー)   S  ・ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」/フィルハーモニアO(57)(ワーナー)  A  ・ベートーヴェン ミサ・ソレムニス/ニューフィルハーモニアO(65)(ワーナー) A  ・マーラー 交響曲第2番「復活」/フィルハーモニアO(61、62)(ワーナー)  A  ・マーラー 交響曲第4番/フィルハーモニア管弦楽団(61)(ワーナー)      A  ・マーラー 交響曲「大地の歌」/フィルハーモニアO(64、66)(ワーナー)  SS  ・メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」/ 〃 (60)(ワーナー)  S  ・メンデルスゾーン 真夏の夜の夢/フィルハーモニアO&合唱団(60)(ワーナー) A  ・モーツァルト 交響曲第25番/フィルハーモニア管弦楽団(56)(ワーナー)   A  ・モーツァルト 交響曲第31番「パリ」/   〃   (63)(ワーナー)    A  ・ワーグナー 管弦楽曲集/フィルハーモニア管弦楽団 (60、61)(ワーナー)  A     <テンポ遅><スケールかなり大><重厚><マーラー○><声楽曲〇>

  バーンスタイン  1918〜1990  BERNSTEIN  S  アメリカ
 
アメリカ生まれのバーンスタインは、カラヤンと同時期の大指揮者で、日本では人気を二分し  ました。アメリカが生んだ最大の世界的指揮者と言えますし、20世紀後半のステレオ録音時  代を代表する大指揮者でもあります。  同時期の大指揮者にはウィーン・フィルとの共演で名高いベーム、ロシアのムラヴィンスキー  らがいます。いずれも、モノーラル録音の時代に生まれながら、ステレオ録音で名演を鑑賞で  きる世代の指揮者たちです。  バーンスタインといえば、まず浮かぶのはマーラーです。同じくマーラー指揮者のワルターの  後継でして、先輩ワルター以上といってもよい名演を残しました。マーラーの交響曲に限って  はバーンスタインの演奏を選べばまずは間違いなく、それだけでも歴史に名を残す指揮者です。  ですが、万能型でもありまして、レパートリーはかなり広いです。  そんな世界的指揮者であったバーンスタインですが、ベルリン・フィルの指揮台に上がったこ  とは一度しかありません。ある日、ベルリン・フィルの常任指揮者であったカラヤンが指揮棒  を振ると、いつになく音がよく鳴りました。その前日にバーンスタインがベルリン・フィルを  振ったことを知ったカラヤンは、二度とベルリン・フィルの指揮台にのせなかったというのは  有名な話です。  そのたった一度の共演が、推薦盤に挙げてあるマーラーの「交響曲第9番」です。  バーンスタインは感情をムキ出しにするタイプで、激しい部分では、非常に恰幅がよく豪快で、  情熱的な演奏をする傍ら、叙情的な部分では、内面を吐露するかのような哀切に満ちた演奏を  します。そのため、ライヴ録音の方が評価は高いです。  すなわち、自分の感情の赴くままに演奏します。批判されようが自分のスタイルを貫く主義と  言えます。よって、レパートリーの広さもあって初心者の方にもとっつきやすい指揮者ではあ  るのですが、如何せん、お得意なマーラーは作品自体が初心者の方向けではないのが残念です。  マーラー以外の作曲者の演奏から、バーンスタインに触れてみてはいかがでしょうか。  ちなみに、自作の「ウェスト・サイド・ストーリー」は、名指揮者が作曲した作品としては最  も有名な作品でして、演奏曲によっては、ピアニストとしても登場する多才な指揮者です。
ベートーヴェン「交響曲第3番『英雄』」全楽章
自作自演「ウェスト・サイド・ストーリー」
 ☆推薦盤☆  ・ガーシュウィン ラプソディ・イン・ブルー/コロンビアSO(59)(SONY) S  ・シューマン 交響曲第3番「ライン」/ウィーン・フィル(84)(グラモフォン) A  ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番/ニューヨーク・フィル(79)(SONY)  S  ・ショスタコーヴィチ 交響曲第7番/シカゴ交響楽団(88)(グラモフォン)   S  ・ベートーヴェン ミサ・ソレムニス/アムステルダムCG(78)(グラモフォン) S  ・マーラー 交響曲第1番「巨人」/アムステルダムCG(87)(グラモフォン)  A  ・マーラー 交響曲第2番「復活」/ニューヨーク・フィル(87)(グラモフォン) S  ・マーラー 交響曲第5番/ウィーン・フィル(87)(グラモフォン)      SS  ・マーラー 交響曲第9番/ベルリン・フィル(79)(グラモフォン)       S  ・モーツァルト レクイエム/バイエルン放送交響楽団(88)(グラモフォン)   A  *アムステルダムCGはアムステルダム・コンセルト・ヘボウの略です   <万能型><実演派><マーラー◎><情熱強><作曲><演奏>

  ベーム  1894〜1981  BOHM  A  オーストリア

ベームはカラヤンバーンスタインと同時期の世界的指揮者で、ウィーン・フィルとの共演が  多く、日本でも大人気でした。19世紀生まれですので、モノーラル録音の時代、ライヴ録音  での白熱した演奏にも定評がありましたが、現在名盤として名高い演奏は、晩年の、ウィーン  ・フィルやベルリン・フィルとのステレオ録音がほとんどです。晩年に自分の演奏スタイルを  確立しました。  ベームはワルターに次ぐモーツァルトの大家としても知られています。  ここでご紹介している指揮者の中では唯一モーツァルトの交響曲全集を録音していますし、モ  ーツァルトの小品の録音も多いです。モーツァルトに対する人一倍の愛情が感じられます。  ベームの演奏スタイルは、徹底した職人タイプだったと言えます。リハーサルでがっしりと仕  込みあげた音楽をステージにもってくるタイプで、常に充実した響きを聴かせました。その意  味では、「構造主義」のクレンペラーと同じスタイルです。ベームの言葉に「音楽は造形であ  る」というものがありますが、柔軟性には富んでいるものの、感情を表に出すタイプではなく、  派手さや誇張はあまりありません。よって音楽は常に崩れることなく、イン・テンポで、地に  足がついた、どっしりとした重厚なものです。ベームは大学で法律を学んだのですが、楽譜に  書いてあることから逸脱することを嫌ったその芸風は、法を遵守するという考えに基づいてい  るとの説もあります。  その分、音楽に軽快さや即興性を望む方にとっては、ベームの音楽は「重たく」感じられるよ  うで、好みが分かれる指揮者と言えそうです。
モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
 ☆推薦盤☆  ・ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」/ウィーン・フィル(71)(グラモフォン) B  ・モーツァルト「フィガロの結婚」/ベルリン・ドイツ・オペラ(68)(グラモフォン)A  ・モーツァルト レクイエム/ウィーン・フィル(71)(グラモフォン)       S  ・モーツァルト ポストホルン/ベルリン・フィル(70)(グラモフォン)      A  ・モーツァルト セレナード第7番「ハフナー」/ 〃 (70)(グラモフォン)   A  ・ワーグナー 「ニーベルングの指環」/バイロイト祝祭管弦楽団(67)(デッカ)  A  ・ワーグナー 「トリスタンとイゾルデ」/バイロイト祝祭O(66)(グラモフォン) A   <テンポやや遅><重厚><モーツァルト○>


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